イスラムの教祖ムハンマド

イスラム教の開祖として知られるムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ(通称ムハンマド)。ムスリム(イスラム教徒)の間では唯一神アッラーの啓示を受け、その教えを民衆に説く存在(預言者)として神聖視されている人物です。 また同時に君主、軍人としての才能も持ち合わせており、周辺地域の部族間の争いを治め、アラビア半島にメッカを中心とするイスラム帝国の礎を築いた人物としても知られています。


ムハンマドの妻たち

ムハンマドは25歳のとき、15歳年上の妻ハディージャと初めての結婚をしたとされています。この時代の権力者としては珍しく一夫一妻を貫いていましたが、妻の死後、自分の説いた教えが拡大していくにつれて、その共同体の結束を強めるために複数の妻を娶ることになりました。当時の権力者にとって、政治的な理由から結婚をすることはさほど珍しいことではなく、彼もまた布教を目的として結婚を繰り返したとされています。

その象徴としてあげられるのが10番目の妻とされているサフィーヤとの結婚でしょう。彼女はもともとバール・ナティールと呼ばれるユダヤ系部族の女性でしたが、ムハンマドがこの部族を打ち破った際に連れてこられ、そのまま改宗、結婚を迫られたと言われています。すでにそのとき彼女には夫がいましたが、最終的にはユダヤ人部族との和睦のために、ムハンマドと結婚することを選んだと言われています。


最愛の妻、アーイシャ

ムハンマドはその人生の中で10人を超える女性と婚姻関係を結んだとされていますが、そのすべてが政治的結婚というわけではありませんでした。とりわけ3番目の妻とされるアーイシャ・ビント=アビー=バクル(通称アーイシャ)はムハンマドの最愛の妻と言われており、彼が没したのもアーイシャの部屋の中であったと言われています。

ムハンマドがアーイシャをこよなく愛した理由には諸説がありますが、ひとつには彼女の処女性が理由にあったと言われています。彼が結婚した他の女性は全て戦争などで夫を失った寡婦であったと言われており、そうした女性は処女性を好む当時の社会において再婚することは大変難しいことでした。 ムハンマドがアーイシャと結婚をしたのは、実は彼女が9歳の時であったと言われています。もちろんこれは現代の価値観と照らし合わせると様々な批判のあることですが、ともかく初婚で結婚をしたのは彼女のみであったとされており、ムハンマドの寵愛を受けることになった大きな理由だったのではないかと推測されています。


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